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オザキクリニック理事長

Dr.小﨑のエクセルエイジ入門

プロフィール

小﨑 有恒

Author:小﨑 有恒
オザキクリニック理事長

  • 国際抗老化再生医療学会理事
  • 日本美容外科学会員
  • 日本美容皮膚科学会員
  • 日本臨床抗老化医学会会員
    (メソセラピー指導医)
  • 米国A4M会員
  • 米国ACAM会員
  • 胎盤医療研究会会員
  • サーマクール認定医
  • 日本再生医療学会会員
  • 日本臨床毛髪学会会員
  • 株式会社ジェネラス顧問
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2012/02/10

男性の更年期にお勧めの漢方薬

男性の更年期障害の治療ポイントは、体内を若返えらせ生理バランスを整えることです。

その治療のひとつとして、前々回から「漢方」についてお話しております。今回は、男性の更年期にお勧めの漢方薬をいくつかご紹介いたします。

オザキクリニック羽村院では、漢方薬の処方も行っております。


漢方医学には、「気・血・水」という概念があり、これらのバランスを整えることが治療の基本となります。

「気」とは、気力という言葉にもあるように人のエネルギーを指します。
「血」とは、血液を含めた体液の総称で、細胞に酸素や栄養分を送ることを指します。
「水」とは、体内の「水分」を表し、新陳代謝を促すことを指します。

そして、このからだを構成している「気・血・水」のバランスが崩れることによって、下記のようなさまざまな症状が起こると考えられています。

「気」のバランスが崩れると、イライラ、食欲不振、疲れ、無気力
「血」のバランスが崩れると、肌荒れ、シミ、頭痛、肩こり、生理不順
「水」のバランスが崩れると、身体のむくみ、手足の冷え、咳、息切れ

漢方医学では、その方の症状に合わせて、数種類の「生薬」を組み合わせた漢方薬を処方します。生薬とは、自然界に存在する動植物など、天然の素材を精製せずに用いる薬です。

漢方_3
天然の素材を精製せずに用いる「生薬」


その方の体質やライフスタイルも考えて、いく通りにも処方します。ですから、同じ病気であっても、AさんとBさんの処方が異なるという場合が多いものです。

ここで、男性の更年期にお勧めの漢方薬をいくつかご紹介します。

男性更年期によく見られる、疲れがとれない、だるい、気力がない、風邪をひきやすいなどの症状は、「気虚」にあたります。元気、気力を意味する「気」が不足し、栄養素が身体に行き渡らなくなると、この「気虚」になります。これは、生命エネルギーが失調している状態です。ですから、「気」を補充する治療が必要で、男性ホルモンと似た作用のある「山薬」を含む漢方薬や、免疫系を高める「六味地黄丸」「八味地黄丸」などが効果的です。

肩こり、頭痛、冷えなどは、「血」の流れが滞っている「お血(おけつ)」の状態にあるといえます。そのため、血の流れを良くする「芍薬」や「牡丹皮」、「桃仁」などが効果的です。

イライラ、のぼせ、多汗などは「気逆」の兆候です。これには、気を巡らせる働きのある桂皮(シナモン)が効果的です。また、更年期は、「お血」と「気逆」両方の状態にある場合が多いです。そのため、これら両方に作用する「加味逍遥散」や「桂枝茯苓丸」、「桃核承気湯」なども効果的です。

漢方_1
イライラ、のぼせ、冷えなど更年期のさまざまな症状に効果的な「加味逍遥散」


不眠、薄毛、皮膚の乾燥、こむら返りなどは、「血虚」の状態にあるといえます。これには、「当帰」や「地黄」、「阿膠」などの生薬を含む「温経湯」や「四物湯」が効果的です。これらは、シミや肌荒れ、手のひび割れなど、皮膚トラブルにも大変効果的です。

その他、不眠症の方には「帰脾湯」が。
性力の低下、EDには、漢方のバイアグラとも呼ばれている「補中益気湯」などが大変効果的といわれています。

漢方_2
漢方のバイアグラとも呼ばれている「補中益気湯」


始皇帝と西太后に命がけで研究させられたことによって大きく発展をとげた漢方医学。男性の更年期障害をテーマに書きましたが、もちろん女性にもお勧めです。

漢方については、ぜひオザキクリニック羽村院へご相談ください。

〒205-0013
東京都羽村市富士見平1-18羽村団地24-1
0120-042-570

  

2012/01/31

西太后が愛用した驚きの漢方・美容アイテム

男性の更年期障害の治療ポイントは、体内を若返えらせ生理バランスを整えることです。

その治療のひとつとして、前回から「漢方」についてお話しております。
オザキクリニック羽村院では、漢方薬の処方も行っております。

前回は、漢方がここまで大きく発展した「意外な事実」についてお話しました。今回は、その発展に大きく関与した“西太后”が愛用していたという「驚きの漢方・美容アイテム」についてお話します。


西太后は、70代になっても40代にしか見えないほど、肌に若々しい弾力があり、髪は黒く艶やかだったといわれています。
西太后
西太后。何歳の写真かは分かりませんが、ハリのある肌ですね。

美肌を追求するために、真珠の粉を飲み、高麗人参を使って肌の手入れを行っていたそうです。また、8種類の漢方を使った乳液や特製の漢方シャンプー、漢方歯磨き粉など、様々な美容アイテムを使っていたといわれています。

その中でも西太后が死ぬまで愛用したという「玉容散」は特に有名で、今では商品化され、美肌を追求する多くの人に人気を呼んでいます。これは、何種類もの漢方に、スズメの尿、オスの鷹とメスの白鳩の糞をまぜて作った美容パックです。美白効果が高く、西太后が53歳の頃におかかえの漢方医に作らせ、肌のシミを治したといわれています。

また、西太后は若々しい美肌を保つために毎朝、母乳を飲んでいたといわれています。中国第一歴史档案館(れきしとうあんかん)に保存されている公文書には、「宮中に母乳を提供する5人の女性が勤めていた」と記録されているそうです。もっとも母乳が肌に良いという科学的根拠はないようですが。

その他、西太后の美容グッズとして有名なのが玉石でできた美顔ローラーです。時間があればいつもコロコロと転がし、肌の血行と新陳代謝を促がしていたそうです。故宮博物院には西太后が実際に使用していたという美顔ローラーが展示されています。

美顔ローラー_2
西太后がひまさえあればコロコロしていたという美顔ローラー。


美顔ローラー
田中裕子さんが西太后を演じたNHKドラマ「蒼穹の昴」のワンシーン。


と、美を追求した西太后ですが、グルメで食べることが唯一の趣味だったといわれています。北京ダックは彼女が最も好んだ料理のひとつで、一日二回、豪華な食事がずらりと並べられていたそうです。その彼女が、中年を過ぎてもメタボにならなかったのは、漢方が一役買っていたのではないでしょうか。


痩せすぎもせず、太りすぎもせず、スタイルをキープした西太后。平均寿命45歳の時代に、73歳まで生きたそうです。

外見だけでなく、体内年齢も相当若かったに違いありません。中国古来から伝わる「医食同源」の考えのもと、体調や肌の微妙な変化に合わせて調合した漢方薬を日々服用していたといわれています。

次回は、男性の更年期にお勧めの漢方薬を少しご紹介します。


漢方については、ぜひオザキクリニック羽村院へご相談ください。

〒205-0013
東京都羽村市富士見平1-18羽村団地24-1
0120-042-570

  

2012/01/26

漢方を大きく発展させた意外な事実とは

男性の更年期障害の治療ポイントは、体内を若返えらせ生理バランスを整えることです。

今回は、「漢方」についてお話します。
オザキクリニック羽村院では、漢方薬の処方も行っております。

漢方は、心と身体のバランスを整えることで、自然治癒力と免疫力を高め、病気にならない体質をつくるという医学です。

原因がはっきりしない「疲労感」「イライラ」「頭痛」「よく眠れない」など、何となく体調が悪いという更年期特有の不定愁訴にも大変効果的です。

この漢方ですが、中国3000年の歴史というだけあり、その歴史は古く、始皇帝が不老不死の薬を求めて学者たちに研究させたことで大きく発展し、その後、西太后が美容術に進化させたことで完成したといわれています。

<漢方を発展させた始皇帝の知らざれるエピソード>
始皇帝といえば、万里の長城を建設したことでも有名です。当時の中国は、七国の君主すべてが王を名乗り、戦にあけくれていた戦国時代でした。そんな激しい世の中を統一した人物です。さぞかし身体が丈夫だったのだろうと思いきや、実は、虚弱体質で悩んでいたといわれています。そして、そのことから、学者たちに不老不死の薬(漢方)を研究させたのだそうです。

学者たちは、世界中に漢方薬を探し歩き、必死に研究を重ねました。しかし、研究はうまくいきません。なにしろ「不老不死」の薬ですから……。怒り狂った始皇帝は、460人もの学者たちを穴埋めにしてしまったそうです。なんとも残酷な話ですが、この命がけの研究があってこそ、漢方医療が飛躍的に発展したといわれています。

万里の頂上
始皇帝が建設したという万里の長城。このスケールの大きさからも、絶大な権力だったことがよく分かります。


<漢方の発展に貢献したもう一人の人物>
残酷さといえば西太后も負けてはいません。と、言いますか、彼女こそ残酷を象徴する第一人者ではないでしょうか(苦笑)

そして、彼女こそアンチエイジングの先駆けであり、漢方をさらに進化させた人物なのです。

西太后は、中国3大悪女の一人といわれています。残酷な逸話が多く、特に「皇帝の死後、ライバルである麗妃の手足を切断し、生かしたまま瓶に入れた」というエピソードは有名です。しかし、実はこれはフィクションだという説も強いようですね。実際はどうなんでしょうか。いずれにせよ、「普通のいい人」でひと括りにできるような人物ではありません。

この他にも「息子である同治帝の身重の后を、紫禁城内の京劇の舞台上に吊り上げ、落として殺した」「○○を生きたまま井戸に落として殺した」など、残酷な話は山ほどあります。同レベルのことはやっていたのではないでしょうか。

因みに前述の「ライバルの手足を……」を実際に行ったのは、中国3大悪女のもう一人・呂后だといわれています。呂后はライバルの手足を切断しただけでなく、目玉までくりぬき、便所で飼って「人豚」と呼ばせたそうです。そこまでやりますか?と疑いたくなる、なんとも恐ろしい話です。

西太后_2
西太后。極貧時代を想像できないほど優雅なたたずまいです。

残酷話はここまでにして、この西太后、実はかなり貧しい家の出身だったようです。

西太后の生い立ちは、はっきりとはしていませんが、これまでは、満州族の貧しい下級官吏の家に生まれたと言う説が有力視されていました。しかし「実は、もっと貧しかった」という新設が1999年に発表されています。それによると、西太后は、漢民族の貧しい農家の生まれであり、あまりの貧しさに4歳の時に他の漢民族の家に売られ、しかし、その家もおちぶれてしまったため、さらに12歳の時に、今度は満州族の下級官吏の家に売られてしまったというのです。二度も売られてしまったとは……!

しかし、ここからがすごいのです。「美しさが際立っている」という理由から、売られた先の家の養子に迎えられ、その後はトントントンと清の皇帝・咸豊帝の側室へ(当時16歳)。そして、21歳で男の子(同治帝)を生んでからは、後宮において皇后に次ぐ地位を得ました。さらに、咸豊帝が亡くなり、同治帝が即位してからは、背後から政治を操り、74歳で亡くなるまで事実上の皇帝として中国全土を支配したというのです。

紫禁城
西太后が暮らしていたという紫禁城。

因みに、西太后が纏足(てんそく)をしていなかった理由は、纏足の風習のない満州族の出身であったためといわれてきましたが、漢民族であるという新説からすると、「生まれた家は纏足もできないほど下層」だったということになります。

極貧時代から這い上がり、残酷な支配者となった西太后ですが、実は、自身の外見、美に並々ならぬ執着があったそうです。そのため、財力をフル活用して学者達に美容術としての漢方を研究させたといわれています。

次回は、西太后が愛用していた驚きの美容アイテムについてお話します。


漢方については、ぜひオザキクリニック羽村院へご相談ください。

〒205-0013
東京都羽村市富士見平1-18羽村団地24-1
0120-042-570

  

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